むきだしの鏡に吹かれてフィーバー
『愛のむきだし』満島ひかりの絶叫は鮮やかだったけれど、尺ありきのカタルシス。前半の飛ばし方、中盤のおさらいなど結局のところもっと縮められるんじゃないかとは思う。最後まで勃起にこだわったのはさすがというか園さんじゃないと撮れない。実話というか実体験がベースみたいだから削れないんだろうなぁ。/『Dr.パルナサスの鏡』ヒースが急逝していなかったら人物の多面性を語る豪華さはなかったわけで、日本でのヒットもなかったかもしれない。それでもギリアムの世界を堪能できるだけで満たされてしまう中毒者としては、この悪夢的世界も現実への戻し方も、ただ固唾を呑んで眺めるばかりなのでした。/『スプリング・フィーバー』中国/都市/ゲイ/愛。ざらついたルックはよかったし、詩の引用も効いていた。なのに何故か熱くなれない。/『風に吹かれてーキャメラマン李屏賓の肖像ー』リー・ピンビンへの憧れと尊敬いっぱいのドキュメンタリー。「ドイルは船乗りで、ピンビンは軍人だ」というウォン・カーウァイの言葉が刻まれた。
ユリ子の欲望脳内ハンター
『ユリ子のアロマ』江口のりことこの設定だけで面白そう!と思ったけどもおもったよりもテンポ遅めで嗜好的無意識を解放する肯定。/『欲望のあいまいな対象』(1977) ブリュエル遺作。女性の二面性を二人一役で撮ったのは最初の女優で撮り切れないと悟ったブリュエルがプロデューサーと呑んでる時に思いついたのだとか。社会的テロルと愛のテロル。爆破オチを“シュール”の一言でで片づけるのはもうやめたほうがいいだろう。やっぱ傑作。/『脳内ニューヨーク』感無量。壮大な妄想をカタチにしてしまう儚さ。老けメイクの具合が丁度よかった。/『ディア・ハンター』(1978) 久々に見たけどもやっぱ冴えてるなあ。デニーロの沈黙の演技はもとよりチミノの演出に於ける選択肢もいちいち素晴らしい。漏れ泣き。
過去と現在の劇、渇きの告白美しく
『過去と現在 昔の恋、今の恋』(1972) “O Passado e o Presente” オリヴェイラが映画監督として復活した記念碑的な一作。近年の作風からは想像できなかったユーモラスな喜劇で大いに笑った。/『春の劇』(1963)日本初公開。「上演=表象の映画」ふむ。劇の準備に奔走する村民の描写はすばらしかったが、その後はまぁコンセプチュアルかな。うとうと。/『渇き』(2009) 基督教と吸血鬼。一種の無理心中もの。面白いけどちとくどい、でもそれが持ち味。/『ブロンド少女は過激に美しく』(2009) ブレッソンの黄金期のような無駄の無さ。切れ味。/『告白』(2010) 書くの忘れてたけど、この薄さが今のリアル、っていうのには抵抗あるだろうな。反動もあってしかり。原作の立ち位置を多少修正していたような印象。
バード・バッド、シャネルはハダシでマイライフ
『バード・シット』(1970) 『M・A・S・H』直後、アルトマンがもっともノってる時期の一作。超楽しい。70′sフィルム特有ののどかなカーチェイスも見所。/『シャネル&ストラヴィンスキー』(2009) “春の祭典”初演の再現やシャネルのファッションと見所満載だが、あの濡れ場でクレーンはヤリスギだ。劇中ではないが「もし、翼を持たずに生まれたとしても、翼が生え揃うのを邪魔したりしないで」(シャネル)/『バッド・ルーテナント』なんでこの時期にこのリメイク?って思ってたけど、ファーストシーンで納得。ニューオリンズの話であったことはすっかり忘れていた。基本的なテーマは善意が反転する世界である。ハリケーンカトリーナの洪水を受けての再企画だったわけだな。全体的な纏まりとしてはやっぱりハーヴェイ・カイテル版のほうが良かった気がするが(暫く前なのでぼんやりとした印象にすぎない)イグアナの主観カメラにはやられた。/『ニワトリはハダシだ』(2003) 再見。『生きてるうちが…』近藤昭二とのコンビ。弥勒菩薩のくだりだけはやっぱり受け付けないんだけど、、、。/『マイレージ・マイライフ』社会派なテーマをちょっと小粋に創るのが旨いライトマンさん。
天は剥き出しのともしびをインセプトする匣
『天はすべて許し給う』(1955) 「さまざまなドラマがみられます」と業者が紹介するテレビ画面には、落胆したケリーと娘の姿が映り込んでいる。鹿!/『剥き出しにっぽん』むけむけなの?/『心のともしび』(1954) 正体を明かしプロポーズするボブに対するヘレンの受けのあっけなさがポイント/『真木栗ノ穴』叙情ピアノに絞ったのは裏目かな。釈迦堂の切通しはやっぱ使われすぎ。/『インセプション』「パラドックスはまず第一に、一つだけの意味としての良識を破壊するものであるが、その次には固定された同一性を割り当てるものとしての良識を破壊するものである。」(ドゥルーズ)/『パンドラの匣』仲里依紗うまいなぁ。
クローンはのり弁と告白する幸福の証明
『クローンは故郷をめざす』湿り気のあるSF。キャスティングが嵌りすぎていた感がある。中嶋莞爾さんNHK「私の一冊」で『第四間氷期』をあげている。うむ。ちょっとタルコフスキーの『ストーカー』を思い出した。/『のんちゃんのり弁』緒方明x鈴木卓爾。原作は知らないけど、なんかダメ夫の描写が卓爾さんぽい。応援ソングだけではないカットもあった。/『母なる証明』再見。いまんところ今年ベスト。まるでテキサスチェインソーのようなラストが素晴らしい。犯人捜しというサスペンスの牽引力をすり抜けていく旨さ。/『幸福』(’81)市川崑81年。銀残しの2作目ということで長らくDVD化されていなかったものを新たにシルバープリント(銀残し現像)しなおしたものらしい。水谷豊の刑事像はここで始まったらしい。突然の殺人事件からたぐり寄せられる三つの家族が暗に相関する巧妙な物語。原作はエド・マクベイン『グレアが死んでいる』らしいけど、きっとまったく違った印象のものだろう。奇妙なテンポ感だけど味わい深いものがある。アニエス・ヴァルダの『幸福』とはまったく違うアプローチ。
UFO見る人、作る人
WordPress3.0正式版リリース、その新機能をざっくりと解説 – GIGAZINE
プラグインの一括アップデートなど待望の機能追加も多いけど、なによりこのメジャーバージョンアップ自体をオートアップデートできることが素晴らしい。デフォルトテーマの「ページ」がグローバルナビとなり、管理画面から操作できるテーマの機能をより多く盛り込んでいる。
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エコーの彼方へえこー
『カイジ』佐藤慶さんの遺作となった。合掌。『ヴィヨンの妻』松たか子の浮いた科白回しが、結局はこの原作のなんとも地に着かないあやふやな確信を強固なものにしていたかもしれない。/『ハートロッカー』町山x宇多丸両氏の解釈のプロレスを聞いてしまったから見てみたけども、町山氏の『マイレージマイライフ』と同系列の仕事と人生映画として見るという説に納得。/『スラヴォイ・ジジェクの倒錯的映画ガイド』ラカン派映画分析家ジジェクの画面と欲望を巡るショータイム。自説もっともだけど、ちょっと窮屈。/『かいじゅうたちのいるところ』公開前から随分期待していた割に、見逃してDVDで見てみたらなんだこんなものかという程度の感想だった。クリーチャーデザインや美術のかわいらしさは楽しいけれど、無垢な衝動だけでは乗り切れなかった。/『イングロリアス・バスターズ』これでもかと云わんばかりに、いつもの名作コラージュをやってのけた怪作だけど、きっともっと不遜なロングバージョンがあるんだろうな。復讐節の系譜は一歩前進した。/『ストーリーテリング』(2001)再見。やっぱ変態だったけど、以前見たときほど楽しめず、妙に考え込んでしまう。やっぱり、タブーの扱い方というのは生もので時間が経つと発酵しちゃうんだな。/ Read the rest of this entry »
あっちこっちそっち
そういえば、ポルトのサン・フランシスコ教会に入ったとき、係のおっさんに「どっちが順路?」と聞いた後、2度目におっさんの前を通り過ぎようとしたら、がきデカ並のジェスチャー付き日本語で「あっち!そっち!こっち!」とやって、ニカっと笑われたことを思い出した。
空気人形ロゼアンナ
『ロゼアンナ』(’93) マルティン・ベックシリーズを本国スウェーデンでTV映画化したもの。現代設定に変更されたことで、アメリカの警官カフカからの知らせがテレックスではなく、ビデオレターになっていたが、捜査の重要資料となる8mmテープはそのまま残しており、「いまどきいったいだれが8mmなんて回してたんだ」ということでイキになっていた。尺の問題もあるだろうが、原作では取調室で明らかになる犯人の胸中を囮捜査の犯行現場でいっしょくたに言わせてしまったのは残念。原作での容姿の表記に近いのはこちらだが、雰囲気としてはカルル・グスタフが演じた’78の『唾棄すべき男』のほうがしっくり来た。大まかなストーリーは、性的に奔放だったアメリカ娘が、性的倒錯者を刺激して殺されてしまうという話で美女の死体から始まる王道のプロット。『空気人形』(’09)心を持った空気人形は無垢な少女のようでした・・・と。業田良家の原作では神様ものと一緒で、人間以外の無垢な存在が現代を見たらどう見えるのかというのが起点。ちょっと『レクイエム・フォー・ドリーム』を思い出したかな。過食症/アニオタ/アンチエイジングな現代人の心の隙間だろうか、ちょっとしつこいようにも思えた。警笛&お説教くささは原作の味ではなるけども。男の空気抜こうとして殺しちゃうときや、出だしの家路で一気に雰囲気を作ってしまう撮影はホウ・シャオシェンでお馴染みのリー・ピンビン!最近日本の監督とのタッグが目立つ。そうえいば、オランダの映画祭で会った娘がわたしは空気人形なの、っていってたな。



